これまで、数多くの葬儀に参列してきましたが、そのほとんどでいただく返礼品は、お茶や海苔、あるいは定番のカタログギフトでした。もちろん、その一つ一つにご遺族の感謝の気持ちが込められていることは承知していますし、ありがたく頂戴してきました。しかし、たった一度だけ、私の心に深く、そして温かく刻まれている、忘れられない返礼品があります。それは、大学時代の恩師の葬儀でのことでした。先生は、無類の読書家で、古今東西の書物に通じた、知の巨人でした。その一方で、甘いものに目がなく、研究室にはいつも、奥様手作りのクッキーの瓶が置かれていました。私たち学生にも、「まあ、一休みして、これでも食べなさい」と、そのクッキーを振る舞ってくれるのが常でした。そんな先生の葬儀の帰り際に渡された返礼品の紙袋には、見慣れたお茶の箱と共に、一冊の小さな文庫本と、手作りのクッキーが数枚、可愛らしくラッピングされて入っていました。文庫本は、先生が生前、講義の中で「私の人生を変えた一冊だ」と、熱く語っていた小説でした。そして、クッキーに添えられた小さなカードには、奥様の優しい文字で、こう記されていました。「主人が愛した物語と、主人の好物でした。皆様の心の片隅に、主人の面影が少しでも長く留まりますように」。私は、その返礼品を持ち帰り、その夜、一枚一枚クッキーを味わいながら、先生の愛した物語を、一晩かけて読み耽りました。物語の言葉の端々から、まるで先生の肉声が聞こえてくるような、不思議な感覚に包まれました。あの返礼品は、単なる品物ではありませんでした。それは、先生の「知」と「優しさ」そのものであり、残された私たち教え子への、最後の講義でした。ご遺族は、きっと、数ある品物の中から、どれが一番先生らしく、そして先生の心が伝わるかを、心を込めて考えてくださったのでしょう。その深い愛情に、私は胸が熱くなりました。葬儀の返礼品は、必ずしも高価なものである必要はない。故人の人柄が偲ばれる、心からの「ありがとう」が伝わるものであれば、それは何物にも代えがたい、最高の贈り物になるのだと、私は先生の最後の講義から教わったのです。
私が受け取った心に残る葬儀の返礼品