葬儀という、人生の終焉を飾る厳粛な儀式。その舞台裏で、故人様の最後の尊厳を、静かに、しかし確実に支えているのが「ドライアイス」の存在です。私たちは、祭壇に飾られた美しい花や、立派な棺に目を奪われがちですが、もしこのドライアイスによる適切な処置がなければ、私たちが知るような、穏やかで美しいお別れの時間は、決して成り立ちません。人の死は、生物学的には、腐敗と分解という、抗いようのない自然の摂理の始まりを意味します。それは、決して汚らわしいことではなく、命あるものの宿命です。しかし、残された私たちにとって、愛する家族が、その姿を急速に変えていってしまうのを目にすることは、あまりにも辛く、悲しい現実です。生前の元気だった頃の、温かい思い出までが、その変化によってかき消されてしまうかのような、深い喪失感を抱かせることでしょう。ドライアイスは、その自然の摂理に、科学の力で、ほんの少しだけ「待った」をかけてくれます。マイナス七十九度の極低温が、腐敗の進行という、目に見えない敵から、故人様の体を守る、静かな盾となるのです。そのおかげで、ご遺族は、葬儀までの数日間、故人様が生前と変わらぬ、安らかな寝顔のままであると信じ、心穏やかに寄り添い、語りかけることができます。遠方に住む親族が駆けつけるための、貴重な時間も、このドライアイスが稼いでくれています。特に、闘病生活の末に、やつれてしまった故人様のお顔を、専門家である納棺師が丁寧に整え、ドライアイスでその状態を維持することで、ご遺族の心に刻まれている「元気だった頃の姿」に、少しでも近づけることができます。これは、残された人々の心を癒やす、非常に重要なグリーフケアの一環です。葬儀を終え、故人様を火葬に付す。それは、故人様の肉体を、自然のサイクルへと還していく、最終的な儀式です。ドライアイスは、その最後の瞬間まで、故人様が「個人」としての尊厳を保ち、美しい記憶と共に旅立っていくための、見えないけれど、なくてはならない「お守り」なのです。その冷たさの中に、残された人々の、故人への深い愛情と、敬意が込められていることを、私たちは忘れてはならないでしょう。
ドライアイスが支える故人の尊厳