父が亡くなったと聞いた時、私の頭の中は真っ白になりました。悲しむ暇もなく、喪主である母を支え、葬儀の準備に追われる日々が始まりました。そんな慌ただしさの中で、葬儀社の担当者の方から「メモリアルコーナーを設けませんか」という提案を受けました。正直、最初は乗り気ではありませんでした。ただでさえやることが多いのに、そんな飾り付けをする余裕なんてない、と。しかし、「お父様がどんな方だったか、皆さんに知っていただく良い機会ですよ」という言葉に、少しだけ心が動きました。父は、口数が少なく不器用な人でしたが、たくさんの趣味を持っていました。週末になると、愛用のカメラを首から下げて風景写真を撮りに出かけたり、書斎で黙々と油絵を描いたりしていました。母と相談し、私たちは父の「趣味」をテーマに、小さなコーナーを作ることにしました。実家の押し入れから、父が撮りためた写真のアルバムと、描きかけの油絵が乗ったままのイーゼルを運び出しました。アルバムを一枚一枚めくる時間は、不思議と穏やかな時間でした。そこには、私が知らない若い頃の父の姿や、照れくさそうに母と並んで写る父の笑顔がありました。私たちは、父が特に気に入っていたであろう数枚の風景写真と、家族旅行の時のスナップ写真、そして描きかけのイーゼルを、斎場のロビーの小さなテーブルに飾ることにしました。葬儀当日、私はその小さなコーナーがどう受け止められるか、少し不安でした。しかし、式が始まる前、父の会社の元同僚の方々がコーナーの前に集まり、「部長、絵も描かれたんですね」「この写真の山、私も一緒に登ったんですよ」と、懐かしそうに話している姿が目に入りました。父の趣味の友人たちも、イーゼルを囲んで「この絵、完成させてあげたかったなあ」と、しきりに残念がっていました。その光景を見て、私は涙がこみ上げてくるのを抑えられませんでした。父は、家族の前では見せないたくさんの顔を持ち、多くの人々と豊かな時間を共有していたのだと、その時初めて知ったのです。私たちの作った小さなメモリアルコーナーは、父の人生がいかに彩り豊かであったかを教えてくれました。それは、単なる儀式だったはずの葬儀を、父の人生を祝福し、その温かさを皆で分かち合うための、かけがえのない時間に変えてくれたのです。